2010年2月7日日曜日

パカニョーの結婚式

きのう、Linkのいちばん古くからの活動地であるホイポン村の結婚式に出てきました。

金曜日にメーアイ郡のサンパカーという村で話し合いを終えて、ホイポンには夕方6時ころに着きました。
新婦はホイポンの人ですが、新郎はバンターという町に住んでいる同じパカニョーという民族の人だそうです。

新婦の家の前では早くも豚をつぶして酒盛りが始まっていました。
満天の星空の下、ビールと手作りの焼酎をこれでもかというほどご馳走になりました。

翌、土曜日。
朝、教区の神父を迎え、教会の鐘が鳴らされて、式は9時半ころにはじまりました。
神父さんは私の記憶違いでなければ確かイタリア人ですが、式はすべてパカニョー語で行われます。
ホイポンはカトリックの村で、新郎も同じくカトリックだそうです。

まず新婦の家から、子どもに続いて新郎新婦、参列者の行列が教会に向かいました。


教会に入ると正面のイエスの絵に向かって右側に新郎とその友人代表、左側に新婦とその友人代表が立ち、後ろには参列者たちも同じように右半分に男性、左半分に女性が並びました。



新郎新婦は民族衣装。
パカニョーの場合、伝統的には未婚の女性の衣装はワンピースです。
しかし結婚式からは、既婚女性用の上下で別れた、織や刺繍の凝った衣装に独特の頭巾(ずきん)をつけるようになります。
ただし結婚式では純白のベールをかぶります。
新郎は白いワイシャツの上に民族衣装を着ています。

式の最中、騒ぐ子どもがいました。
父親がこの小さい娘を抱きとめると、娘の強烈な平手打ちが父親の右頬を見事にとらえました。
一瞬、みなの意識がこの親子に集中し、また式のほうに戻って行きました。

咳き込む年寄りがいました。
痰が切れると窓際まで行って、この式場のある2階の窓からペッ。
周りの人が気遣って腕を支え、もとの位置に戻るのを手伝いました。

「汝はこの者を終生・・・」という神父の問いに新婦がモジモジすると、厳かに式を進めてきた、一見ちょっと怖そうな神父が、「ん? どうなんだ?」と、ドングリのような大きな目をさらに見開いて問い直しました。
会場がどっと笑いに包まれ、「しっかりしろ」ってな感じのヤジが飛びました。




民族衣装を着た新婦の友人が一生懸命デジカメで写真を撮り、指輪の交換があり、聖体拝領があり、この間、何曲もの讃美歌が歌われ、式は小一時間で無事終わりました。
厳かであり、でも同時に何かとても微笑ましい、等身大のというか、とっても親しみの持てる式でした。

式の後、新郎新婦が神父や親戚一同とひとしきり記念写真を撮り終えると、舞台は教会のすぐ横にある新婦の実家に移され、食事がもてなされました。
何種類もの豚の手料理に、酒もふんだんに出され、挨拶して回る新郎新婦にご祝儀が渡されていきました。

村の結婚式といっても、今はいろいろです。
今回はとても親しくしている家の娘さんの結婚式で、私はちょっと緊張していたのですが、とてもいい結婚式でした。
この式のために町から戻ってきた人たちもたくさんいました。
前の晩から和やかで楽しげな雰囲気が村を覆い、とても自然な感じの式となりました。
村中が、ごく普通に、新しいくらしの第一歩を踏み出そうとするふたりを祝福し、ともに感動し、いい酒に酔っているようでした。

私たちも、温かい気持ちをたくさんもらって帰途についたのでした。